墨田区の隅田川にかかる橋をいくつか紹介します。
橋の名の由来は、白髭神社にちなんでつけられました。
昭和6年に現在の橋に架け替えられたが以前の木造の橋であったことや、橋銭を取っていたことが、
宇野信夫や永井荷風の作品の中に書いています。
また、大正大震災までこの近くに日活撮影所があり、数々の名画が生まれ、近代映画の発祥の地といえます。
昭和59年に工事が始まり平成6年に完成しました。
墨田区と荒川区の道路防災連絡橋としての役割を持ちます。
橋の長さは157Mで暫定道路として、現在は歩行者のみが通行できます。
徳川幕府により、万治2念(1659年)本所深川の市街地建設のため架設したのが始まりとされ、
後に新大橋や吾妻橋も架けられるようになりました。
最初は大橋のちに武蔵と下総の両国に架かる橋として両国橋と呼ばれました。
木造で174Mあったといわれ、現在の橋は昭和7年の架橋で最初の橋から100M上流にあります。
両国橋といえば赤穂浪士大高源吾と俳人其角との橋の上の出合いの場面が有名です。
現在の橋は、昭和6年に完成。墨田区と台東区つなぎ、
芝木好子「葛飾の女」、永井荷風「吾妻橋」、夏目漱石「我輩は猫である」、堀辰雄「水のほとり」、
森鴎外「百物語」、高見順「東橋新誌」など文学作品によく登場します。
歌舞伎では「夢結蝶鳥追」の一場面として登場します。